学校は要らない!?

私は小学校から大学まで親から言われるがままに学校に通っていました。というか、そんな人が9割なのではないでしょうか。

学生時代というものを"青春"と美化する風潮がありますが、本当に素晴らしいものでしょうか?

私が学生の時に考えていたことは、

  • 早く授業が終わらないかな
  • 何でこんな勉強しないといけないんだろう
  • 帰って好きなことしたい

という感じでした。もしかしたら、あなたも思い当たる節があるかもしれません。

今回は『学校』というものが本当に必要なのか、堀江貴文氏の本である『すべての教育は洗脳である』をベースに考えていきます。

それでは行ってみましょう!

学校は不要か

私たちは、なぜ学校に行って勉強しなければいけないのでしょうか?親が言うから?国が決めたから?みんな行ってるから?…

私はもう大学を出てしまっていますが、その後になって気づいたことがあります。

「今までやってきたことは無駄だったのでは?」

と。

ご自身の学生生活を思い返しながら、一緒に考えていきましょう。

ゆがみきった常識

学校で教わったことが卒業後に役に立ったことってありますか?

という感じの質問をすると大抵の人が「う~ん…」と少し考えるのではないでしょうか。役に立ったこともあるし、役に立たなかったこともある。いや、むしろ役に立たなかったことの方が多いはずです。

役に立ったことの方が多い、という人はよっぽど環境に恵まれているか、今までの努力が無駄だったと思いたくないタイプでしょう。ここは人それぞれなので価値観を押し付けるつもりはありません。

では、親や国はなぜ私たちを学校に行かせるのでしょうか。親は国に従っているとしたら、国が私たちを学校に行かせたい理由とは何でしょうか?

一言でいえば、従順な家畜である。

社会は、特に旧来型の企業では、従順な働き手を求めている。

全ての教育は「洗脳」である

つまり、日本の社会が何を求めているかというと、使い勝手のいいコマというわけです。

言われたことに口答えせず、忠実にこなす。おかしいと思ったことがあっても自分の評価に傷が付くから言えない。

ほとんどの教師が「俺の言っていることは100%正しい」という体で説教をかましてくる。そして、教師のいうことをお利口に聞く生徒が評価され、優等生扱いを受けます。はみ出し者をとことん排除したり、矯正しようという意図が感じられます。

禁止だらけの学校生活

校則ってありましたよね?あれも教師が生徒をコントロール下に置くための手段だと思っています。校則だけにはとどまらず、何かと主観の入った常識を押し付けてくることが多かったはずです。例えば、

  • 時間通りに着席していないと怒られる
  • 正当な理由()がないと遅刻や欠席は許されない
  • 授業中に寝ると怒られる

などなど、思い返してみると禁止事項だらけです。そしてこれらを守っていないと、将来ろくでもない人間になる、と刷り込まれます。

これらはそもそも、日本の文化に根差したところがあるんじゃないかと思います。

欧米では、電車やバスが遅れても当たり前なので、遅刻ごときで不必要にブチ切れる日本はどうかしていると思わざるを得ませんね。ブチ切れながら「お前のせいで時間が無駄になっている」という教師がいますが、30人の学級なら遅刻した生徒は30人に何も迷惑をかけていないのに、授業を止めてブチ切れている教師の方が30人の時間を奪っているのではと思うのですが…

今すぐやめられる

学校に通っていると、行きたくないと思うことがあるのではないでしょうか。私は本当に嫌なことがあった時、学校をやめることを考えたのですが、結局やめることはありませんでした。ちょくちょくサボり始めると、「学校に来い」という電話や、先生が直接家に来ることもありました。

過去のことを考えてもしょうがないのですが、あの時やめていたら違う人生を歩むことができたんじゃないかと今でも思います。

学校で受けるいじめや嫌なことが原因で、自ら命を絶ってしまう学生は年々増え続けています。断言しますが、そんな状態なら学校なんて行ってはいけません。行かなくていいです。

「ドロップアウトしたら取り返しがつかない」などと教える教師もいますが、そんなことはありません。人によっては退学がプラスに働くことだってあります。一教師のいうことが正しいとは限らないからです。

もし、やめたいのであれば、やめてしまうのもアリです。

やりたいことだけやろう

人生が80年だとして、現在のご自身の年齢を思い浮かべてみてください。そして80-自分の年齢を計算してください。

はい、当然ですが導き出された数字が残りの年数です。その残りの年数を"つまらないこと"をやりながら過ごすって、嫌じゃないですか?

健康を害しながら、現状に文句を言いながら生きていくって辛いですし楽しくないですよね。

やりたいことだけやる、これを常思い描いて行動すると肩の荷がおりて楽に生きることができます。

「それは無理でしょ」という声が聞こえてきそうですが、無理と思えば無理でしょう。現在私は挑戦中です。少しずつ実現しているのではと思っています(思いこむことも重要)

最後に

私は学校が100%不要であるとは思っていません。ホリエモンもきっとそうで、『ゼロ高』という旧来の学校教育の悪いところを排除した新しい形態の学校を作っていることからその意思が伺えます。

将来的にこんな環境だったら子供を行かせてあげたいな、という学校ができて欲しいと願っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

20代、関東在住ブロガー。自分の人生に何の意味があるか分からず早期退職。願わくば、永遠に筋トレと読書と音楽をやっていたいと考えている今日この頃。それを実現するために日々奮闘中。 よろしくお願いします。